2009年11月 のアーカイブ

院長の戸谷です。お陰様でとたに歯科医院も
開業して無事3年を超える事ができました。これもひとえに地域住民の皆様、
はるばる遠くから来院してくださる方々、そして顔を存じ上げなくても
母校の関西学院中、高校、大学の卒業生の方々が御支持してくださったおかげです。

ブログなので、この場所を借りてこの土地で開業した理由を
お話することとします。長くなってしまいますが、ご了承下さい。

私は宝塚で育ち、縁あって関西学院中学部に入学しました。
そのまま高等部へ。「医療の道へ」の気持ちがありましたが、
関学の法学部に進み、そのまま卒業しました。
ただ自分が一生を捧げる道として、「医療を通して患者さんの力になりたい」という
小学校からのシンプルな気持ちが在学中でも捨てきれず、大学2年から6年間受験勉強し、
新潟大学歯学部に進む事ができました。

受験勉強は一人暮らしでしたが、風呂なし6畳築30年のアパート。ガスコンロでお湯を沸かしてバケツで薄め、流し台で体を洗う生活です。売れない芸人さんのような生活でしたが、
その間、実に多くの人に助けていただきました。この時からの多くの経験が、今の私を支えていると言っても過言ではありません。

一度大学を卒業しても、私がもう一度大学に進む事を認め、支えてくれた両親、
貴重な年金を学費に充ててくれた亡き祖母、楽ではないはずなのに仕送りを続けてくれた兄。
母の勤務先の上司はいつも体調管理の栄養ドリンクや風邪薬などを送ってくれました。
卒業した高等部の先生は、授業がない時は朝10時から夕方までつきっきりで
わからない問題を解説していただきました。
夜10時近くまで勉強しても嫌がる事なく、パンまで差し入れしてくれた喫茶店のオーナー。

新潟大学歯学部には今でも戻る時がありますが、学生時代と同様、貴重な研究時間を
割いて色んなアドバイスを惜しみなく伝えてくれます。
勤務医時代の院長も、私の指導や開業時のアドバイスだけでなく、テナントの良し悪しを判断するために診療後、一緒についてきてくださいました。

開業にあたって融資申し込みの際、より条件をよくしてもらえるように、
関学時代からの親友が、重要な会議を無理に休んで交渉にあたってくれました。
まだ他にもいろいろ数え切れないほど、ここに至るまで、多くの人が手を差し伸べてくれました。

「Mastery for Service」というのは、中学から過ごした関学のスクールモットーです。
「奉仕のための練達」と訳されますが、「我々が学ぶのは自分のためではなく、
社会や隣人に奉仕するためである」という意味です。

私はまだまだ人格の陶冶に努めなければいけない人間ですが、
患者さんの力になりたいという気持ちは強烈にあります。これは私の小さい頃からの夢でしたが、
関学のスクールモットーと大きく重なりあうものです。
そもそも患者さんのために医療がある。これが私の考え方です。

その理念、理想が多くの人に共感を与え、手を差し伸べてくれた理由だと思っています。
阪神大震災の時に、大学に合格して新潟に行ったのですが、
友人達も被災し、その被災地を去っていくのは正直複雑な心境でした。
築30年のアパートでも幸い無事であった事は、「亡くなられた人の分まで
しっかり学んでこい」という被災地からのメッセージと受け止め、関西を去りました。

勉強し始めてから16年目、開業に至りました。そして既に3年を過ぎました。
私は時々、右手を見ると「この手には自分だけではない、私を今まで支えてくれた
多くの人の切ないまでの希望と夢が詰まっている。決して裏切る訳にはいかない」という思いに
駆られます。
私は国立大出身です。国民の血税で歯科医師にしてもらいました。

仁川で開業したのは、そんな私を学生時代から10年以上見守り、育ててもらった土地だからです。

今度は私が皆さんに恩返しをする番です。