とたに歯科医院

宝塚市・西宮市の歯医者 阪急仁川駅前 徒歩約2分

○/平日 9:30~13:00 15:00~20:30  △/土 9:30~15:30
※受付最終時間は基本的に30分前まで

院長紹介

ごあいさつ

とたに歯科医院は平成18年(2006年)、宝塚市と西宮市の境にある仁川にて開院いたしました。
「医療を通して社会に貢献する」という理念のもと、医療に携わる者としての責任の重さ・使命を自覚し、期待に応えられるよう、全力で診療にあたっております。

最近多くの歯科医院を見かけるようになり、またインターネットで容易に多くの情報を手に入れることができるようになりました。
しかし実際、「多くの歯科があるけれど、どこがいいのかわからない」というのが現実かもしれません。

当院の特徴は、ありきたりかもしれませんが、患者さんのライフスタイルを念頭におきつつ、お口の専門家として質の高い治療を提供する事を心掛けている事だと思います。

我々医療関係者が持つ免許は患者さん、ひいては国民のために存在します。どれほどネットで情報が氾濫しても、患者さん自身が歯科治療に詳しい訳ではなく、それだけに私達の社会的責任は重いと認識しております。保険医療制度が激変し、治療方法に制約が増しつつある保険治療でも、反対に制約のない自費治療においても、そのおかれた状況においてベストを尽くす…それがプロであり、その事に誇りを持っています。この概念は分野は違えども、多くの問題を抱え、その解決に日々努力を重ねる一般企業も同じ事かもしれません。

私達は皆さんのお口の健康を維持し、大切な人生をより充実させる手助けをする事だけではなく、仕事を通じて同じように努力する、あらゆる分野の同志にエールを送れるような、そんな存在でありたいと願っています。

院長プロフィール

院 長 戸谷 幹弘

【院長略歴】
新潟大学歯学部卒
仁川幼稚園・仁川小学校校医
(2012年4月就任)
【所属】
日本外傷歯学会 指導医、日本小児歯科学会、日本歯周病学会、
日本補綴歯科学会、日本歯科保存学会
院長
  • リプレイスインプラント
    トレーニングコース修了証
  • エムドゲイン
    トレーニングコース修了証
    (歯周組織再生療法)
  • 新潟大学歯学部
    インプラント
    ベーシックコース修了証
  • 日本外傷歯学会
    認定医資格書

仁川という、この土地で開業した理由
そして歯科医師になった理由

私は宝塚で育ち、縁あって関西学院中学部に入学しました。
そのまま高等部へ。「医療の道へ」の気持ちが昔からありましたが、関学の法学部に進み、そのまま卒業しました。
ただ自分が一生を捧げる道として、「医療を通して患者さんの力になりたい」という小学校からのシンプルな気持ちが在学中でも捨てきれず、卒後にセンター試験を受験し、新潟大学歯学部に進む事ができました。
歯科医師を志した理由として、小さいころから生物系の科目だけは成績が良く、それだけ「いきもの」という対象に、その仕組みに興味が強かったのだと思います。

私の父は約20年前に定年退職しましたが、製薬会社で抗がん剤の開発を行っておりました。
夜はいつも深夜2時過ぎまで、裸電球を照らしながら大量の英文をタイプライターで打ち込みながら仕事をしていました。子供心に「なんか、大変だな」と感じた記憶があります。
最後になんとか上市を見届けてから退職しました。やはり、そのような父に影響されたのかもしれません。

受験勉強は一人暮らしでしたが、風呂なし6畳築30年のアパート。ガスコンロでお湯を沸かしてバケツで薄め、流し台に上って体を洗う生活です。芸人さんのような生活でしたが、その間、実に多くの人に助けていただきました。この時からの多くの経験が、今の私を支えていると言っても過言ではありません。

一度大学を卒業しても、私がもう一度大学に進む事を認め、支えてくれた両親、貴重な年金を学費に充ててくれた亡き祖母、楽ではないはずなのに仕送りを続けてくれた兄。母の勤務先の上司はいつも体調管理の栄養ドリンクや風邪薬などを送ってくれました。
卒業した高等部の先生は、授業がない時は朝10時から夕方までつきっきりでわからない問題を解説していただきました。
夜10時近くまで勉強しても嫌がる事なく、パンまで差し入れしてくれた喫茶店のオーナー。

新潟大学歯学部には今でも戻る時がありますが、学生時代と同様、貴重な研究時間を割いて色んなアドバイスを惜しみなく伝えてくれます。
勤務医時代の院長も、私の指導や開業時のアドバイスだけでなく、テナントの良し悪しを判断するために診療後、一緒についてきてくださいました。

開業にあたって融資申し込みの際、より条件をよくしてもらえるように、関学時代からの親友が、重要な会議を無理に休んで交渉にあたってくれました。
まだ他にもいろいろ数え切れないほど、ここに至るまで、多くの人が手を差し伸べてくれました。

「Mastery for Service」というのは、中学から過ごした関学のスクールモットーです。
「奉仕のための練達」と訳されますが、「我々が学ぶのは自分のためではなく、社会や隣人に奉仕するためである」という意味です。

私はまだまだ人格の陶冶に努めなければいけない人間ですが、患者さんの力になりたいという気持ちは強烈にあります。これは私の小さい頃からの夢でしたが、関学のスクールモットーと大きく重なりあうものです。
そもそも患者さんのために医療がある。これが私の考え方です。

その理念、理想が多くの人に共感を与え、手を差し伸べてくれた理由だと思っています。
阪神大震災の時に、大学に合格して新潟に行ったのですが、友人達も被災し、その被災地を去っていくのは正直複雑な心境でした。
築30年のアパートでも幸い無事であった事は、「亡くなられた人の分までしっかり学んでこい」という被災地からのメッセージと受け止め、関西を去りました。

勉強し始めてから16年目、開業に至りました。
私は時々、右手を見ると「この手には自分だけではない、私を今まで支えてくれた多くの人の切ないまでの希望と夢が詰まっている。決して裏切る訳にはいかない」という思いに駆られます。
私は国立大出身です。国民の血税で歯科医師にしてもらいました。当然、社会に還元することが務めです。

仁川で開業したのは、そんな私を学生時代から10年以上見守り、育ててもらった土地だからです。

今度は私が皆さんに恩返しをする番です。

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