歯の警報装置

2010年1月3日

新年明けましておめでとうございます。院長の戸谷です。

皆様、昨年はお世話になりました。本年も宜しくお願いします。画像-0014

皆様に御連絡させていただきましたが、新年は4日(月曜日)から診療はスタートします。

痛みの強い患者さんが元旦に来院され、治療しましたが、「年末年始だから痛みは出ない」という保証はありませんね。皆様良いお正月を迎えられた事を期待します。

ちょうど、「痛み」の話が出たのでその部分を少し。

「臭い」や「音」には「慣れ」が生じますが、「痛み」は危険信号なので「慣れ」は生じません。特に歯の神経の痛みは強烈です。
また「先生、この歯ね、神経取っているのに、どうして痛みが出るの?」とお聞きになる患者さんもおられます。特に銀歯とかは多いですね。

これはあくまで「歯の中の神経」を抜いているので、その銀歯が虫歯になっても「痛み」は生じません。ある意味警報装置を取ってしまっているのと同じと考えましょう。

でも歯の根っこの周囲というか、根の先端と表現していのでしょうか、そこに膿がたまる場合、それは「歯の中」というより、「歯の根っこと、それを包む骨の境目」に病変があり、当然その部分には神経や血管もあります。だから痛みがでるのです。歯を包む組織は神経があるので痛いのです。

「痛くなれば診てもらえばいいや」「問題があれば痛みが出る。だからそこまで自分の治癒能力を信じる!」では駄目なのは、そういった理由によるものです。

神経を抜いた歯で、あまりにも痛みが強く出た時は「すぐ抜歯」というのも珍しくありません。警報装置がないのですから。みなさん、早めですよ。

 そういえば住宅警報装置、義務化されますね。実家ではさっそく私が通販で購入して、取り付けました。台所の親機で煙を感知したら、無線で2階の警報装置(子機)も連動して鳴ります。(反対も可能)
2台で13000円ほどでした。こちらの方もお忘れなく。

画像-0006私は関学を卒業して新潟大に行った時、あまりお酒は飲めませんでした。
しかし行った先は酒の本場、新潟。美味しくてビールはもちろん、
ワインや日本酒もある程度飲めるようになりました。

当時教えて頂いた口腔生理学の真貝先生(http://www.nrgs.ac.jp/index.php?id=27)や小児歯科学の
田口先生
(http://www.dent.niigata-u.ac.jp/pedo/pedo.html)、出席番号前後の友人達と仲良くさせて頂き、
よく一緒にお酒を飲みました。
酒の場で「戸谷君、実験でマウスにいろんなビール飲ませると、モルツ100%系を一番好むのだよ」と
おっしゃられていました。ある意味ねずみさんは本格派ですね。
病理の友人に言わせると「なるほど、タンパク質の多さを感じ取るのではないだろうか」と解説。
ビールもモルツ100%のもあれば、コーン、スターチなどをブレンドしているのもあります。私はモルツ100%だろうがブレンド系でも大好きで、「企業はよく研究しているなぁ」と実感します。

真貝先生が、NHK「試してガッテン」に出演された時の「美味しいビールの飲み方」を
そのまま記載しておきます。
1ビールを飲む3時間前には水分をとらない。(脱水症状を起こしてはいけないので無理は厳禁、
遊びのレベルで) 私も診療終了3時間前には水分とりません。
2直前に水分取ってしまったら、塩気のもので喉をリセットする。
一応、私が仕事後ビールを飲む時は、3時間以上水分を摂っていません。美味しいビールを飲むために…。
3泡は残しつつ飲む… などなどです。

小さい頃、遊びでビールを一口飲んだ時、苦くて飲める代物ではありませんでした。
でも今は「仕事後(定休日の前日である水曜と土曜ですが)はこれ!」になっています。
甘いもの(糖分)は生体に必要なので本能的に好み、苦いものは危険なものとして避ける傾向にあります。
しかし年齢を重ねるにつれて、「この苦味が美味しい」となってきます。
それは味覚が「学習」する性質だからです。「嫌だ」と避け続けると、学習できませんから美味しくなりません。味覚の幅を広げる事は好き嫌いが少なくなり、豊かな食生活に繋がりますので、是非積極的に小さい頃からいろんな味覚にチャレンジして、味覚を「学習」しましょう!

院長の戸谷です。お陰様でとたに歯科医院も
開業して無事3年を超える事ができました。これもひとえに地域住民の皆様、
はるばる遠くから来院してくださる方々、そして顔を存じ上げなくても
母校の関西学院中、高校、大学の卒業生の方々が御支持してくださったおかげです。

ブログなので、この場所を借りてこの土地で開業した理由を
お話することとします。長くなってしまいますが、ご了承下さい。

私は宝塚で育ち、縁あって関西学院中学部に入学しました。
そのまま高等部へ。「医療の道へ」の気持ちがありましたが、
関学の法学部に進み、そのまま卒業しました。
ただ自分が一生を捧げる道として、「医療を通して患者さんの力になりたい」という
小学校からのシンプルな気持ちが在学中でも捨てきれず、大学2年から6年間受験勉強し、
新潟大学歯学部に進む事ができました。

受験勉強は一人暮らしでしたが、風呂なし6畳築30年のアパート。ガスコンロでお湯を沸かしてバケツで薄め、流し台で体を洗う生活です。売れない芸人さんのような生活でしたが、
その間、実に多くの人に助けていただきました。この時からの多くの経験が、今の私を支えていると言っても過言ではありません。

一度大学を卒業しても、私がもう一度大学に進む事を認め、支えてくれた両親、
貴重な年金を学費に充ててくれた亡き祖母、楽ではないはずなのに仕送りを続けてくれた兄。
母の勤務先の上司はいつも体調管理の栄養ドリンクや風邪薬などを送ってくれました。
卒業した高等部の先生は、授業がない時は朝10時から夕方までつきっきりで
わからない問題を解説していただきました。
夜10時近くまで勉強しても嫌がる事なく、パンまで差し入れしてくれた喫茶店のオーナー。

新潟大学歯学部には今でも戻る時がありますが、学生時代と同様、貴重な研究時間を
割いて色んなアドバイスを惜しみなく伝えてくれます。
勤務医時代の院長も、私の指導や開業時のアドバイスだけでなく、テナントの良し悪しを判断するために診療後、一緒についてきてくださいました。

開業にあたって融資申し込みの際、より条件をよくしてもらえるように、
関学時代からの親友が、重要な会議を無理に休んで交渉にあたってくれました。
まだ他にもいろいろ数え切れないほど、ここに至るまで、多くの人が手を差し伸べてくれました。

「Mastery for Service」というのは、中学から過ごした関学のスクールモットーです。
「奉仕のための練達」と訳されますが、「我々が学ぶのは自分のためではなく、
社会や隣人に奉仕するためである」という意味です。

私はまだまだ人格の陶冶に努めなければいけない人間ですが、
患者さんの力になりたいという気持ちは強烈にあります。これは私の小さい頃からの夢でしたが、
関学のスクールモットーと大きく重なりあうものです。
そもそも患者さんのために医療がある。これが私の考え方です。

その理念、理想が多くの人に共感を与え、手を差し伸べてくれた理由だと思っています。
阪神大震災の時に、大学に合格して新潟に行ったのですが、
友人達も被災し、その被災地を去っていくのは正直複雑な心境でした。
築30年のアパートでも幸い無事であった事は、「亡くなられた人の分まで
しっかり学んでこい」という被災地からのメッセージと受け止め、関西を去りました。

勉強し始めてから16年目、開業に至りました。そして既に3年を過ぎました。
私は時々、右手を見ると「この手には自分だけではない、私を今まで支えてくれた
多くの人の切ないまでの希望と夢が詰まっている。決して裏切る訳にはいかない」という思いに
駆られます。
私は国立大出身です。国民の血税で歯科医師にしてもらいました。

仁川で開業したのは、そんな私を学生時代から10年以上見守り、育ててもらった土地だからです。

今度は私が皆さんに恩返しをする番です。

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